社会福祉法人の決算業務を担当していると、「積立金」と「積立資産」という似た名前の科目が貸借対照表に並んでいて、何が違うのか、どちらをどう使い分ければよいのか戸惑うことがあります。さらに、積立・取崩しのたびに理事会や評議員会でどのような手続きが必要なのか、そして社会福祉充実残額(しゃかいふくしじゅうじつざんがく)の計算にどう影響してくるのかまで理解できている担当者は、決して多くありません。
本記事では、社会福祉法人会計における積立金・積立資産の種類と計上方法、積立・取崩しに必要な機関決定の手続き、そして社会福祉充実残額との関係について、公的な一次資料に基づいて整理します。指導監査で指摘されやすいポイントもあわせて紹介します。
社会福祉法人会計基準では、積立金と積立資産は役割の異なる2つの科目として整理されています。
積立金は、貸借対照表の純資産の部に計上される科目で、理事会の議決に基づき、事業活動計算書の当期末繰越活動増減差額(くりこしかつどうぞうげんさがく=その年度までに積み上がった剰余金のこと)の中から、将来の特定の目的のために取り分けた金額を指します。
積立資産は、貸借対照表の固定資産の部に計上される科目で、積立金に対応する財源を、日常の運転資金とは別の預金口座などで確保しておくものです。
実務上は、積立金を計上する際に同額の積立資産を積み立てることが原則とされています。これは厚生労働省の通知「社会福祉法人会計基準の制定に伴う会計処理等に関する運用上の留意事項について」の「19 積立金と積立資産について」に定められている取り扱いで、資金管理上の理由がある場合には、積立金を計上せずに積立資産のみを計上することも認められています。
社会福祉法人会計で使われる積立金・積立資産には、法人の判断で設定できるものと、国庫補助金等特別積立金のように会計基準上の位置づけが異なるものがあります。主なものを整理すると、次のとおりです。
| 積立金(純資産) | 対応する積立資産(固定資産) | 主な目的 |
|---|---|---|
| 人件費積立金 | 人件費積立資産 | 退職金・賞与など人件費の支払いに備える |
| 修繕積立金 | 修繕積立資産 | 施設の修繕費用に備える |
| 備品等購入積立金 | 備品等購入積立資産 | 什器・備品の更新費用に備える |
| 施設設備整備積立金 | 施設設備整備積立資産 | 建物・設備の新設や更新費用に備える |
| 保育所施設・設備整備積立金 | 保育所施設・設備整備積立資産 | 保育所特有の施設整備費用に備える |
| 工賃変動積立金(こうちんへんどうつみたてきん) | 工賃変動積立資産 | 就労支援事業で利用者に支払う工賃水準の維持に備える |
このほか、国庫補助金等特別積立金は、国や地方公共団体から受け取った施設整備補助金などを計上する科目で、減価償却に対応して取り崩していく点が、上記の「その他の積立金」とは仕組みが異なります。勘定科目としての詳しい扱いは、以下のページで解説しています。
積立金は「○○積立金」のように、何のために積み立てているのかが分かる名称を付けて表示する必要があります。自法人の決算書に「目的の分からない積立金」が残っていないか、決算整理の際に確認しておきたいポイントです。
積立金・積立資産の処理では、次の順序を押さえておくと実務が整理しやすくなります。
積立資産を専用の預金口座で管理する場合、実際の預金移動(資金の付け替え)は、決算理事会終了後2か月を超えないうちに行うこととされています。これも前述の厚生労働省通知に定められている取り扱いです。決算は確定したものの、実際の資金移動を失念したまま数か月が経過してしまうケースは、指導監査でも指摘されやすいポイントのひとつです。
積立金・積立資産の仕訳自体は、社会福祉法人会計に特有の「一取引二仕訳」の考え方に沿って、資金収支計算と事業活動計算の両方に記帳します。仕訳の基本的な考え方を押さえていないと、積立の処理でもつまずきやすくなります。
また、積立金・積立資産を計上した法人は、決算時に「積立金・積立資産明細書」という附属明細書の作成が義務づけられています。この明細書の期末残高は、貸借対照表上の積立金・積立資産の残高と一致している必要があり、ここがずれていると監査での指摘対象になります。
積立金・積立資産の積立ては、法人が自由な判断だけで行えるものではなく、理事会の議決を経ることが会計基準上の要件とされています。取崩しについても、同様に理事会の意思決定を経て行うのが原則です。
ここで読者の担当者が迷いやすいのが、「評議員会(ひょうぎいんかい)の承認も必要なのか」という点です。この点を整理すると、次のようになります。
つまり、評議員会は「積立金そのもの」を個別に決議する機関ではなく、積立金の増減を反映した決算全体を、年に一度の定時評議員会で承認するという位置づけです。両者の役割を混同しないよう整理しておくと、決算理事会・評議員会に向けた準備もスムーズになります。
なお、社会福祉充実残額が生じて社会福祉充実計画を策定する場合は、この計画についても別途、評議員会の承認が必要になります(詳細は後述します)。
認可保育所を運営する法人の場合、積立資産は「委託費の弾力運用(だんりょくうんよう)」という別の制度とも関わってきます。委託費は、市町村から認可保育所の運営費として支払われる資金ですが、一定の要件を満たした段階に応じて、人件費・事業費・管理費の区分を越えた弾力的な使い方が認められており、その第一段階の要件を満たすと、各種積立資産への積立てが可能になります。
あわせて、認可保育所では、決算時の支払資金残高が委託費収入の一定割合を超える場合に、超過分の扱いについて行政との事前協議が必要になるなど、積立金・積立資産の持ち方が弾力運用の判定にも影響します。この弾力運用の段階ごとの要件や支払資金残高の基準については、保育所の会計を主題にした以下のページで詳しく解説しています。
社会福祉充実残額は、社会福祉法第55条の2に基づき、社会福祉法人が保有する財産のうち、事業の継続に必要な財産などを差し引いてもなお残る「再投下可能な財産」を、毎会計年度算定する仕組みです。残額が生じた場合、法人は使いみちを定めた社会福祉充実計画を策定し、所轄庁の承認を得る必要があります。
算定の大まかな流れは、次の3段階で整理できます。
積立金・積立資産は、このうち「活用可能な財産」や「控除対象財産」の計算に直接関わってきます。たとえば、将来の施設整備や修繕に備えて計画的に積立資産を積み立てておくことは、控除対象財産の見積もりの裏付けとして整理しやすくなる面があります。一方で、使いみちの定まっていない積立金を漫然と積み増しているだけでは、社会福祉充実残額の算定で「活用可能な財産」側に計上されやすくなり、結果として残額が生じやすくなる可能性があります。
なお、控除対象財産のうち「必要な運転資金」の具体的な月数の取り扱いについては、法人の事業形態(介護報酬や委託費など収入の種類)によって実質的な控除額が変わってくる仕組みになっており、情報源によって記載の粒度にも違いが見られます。2026年10月時点で、自法人における正確な控除月数や特例の適用可否を本記事だけで断定することはできないため、実際の算定にあたっては、所轄庁や顧問の公認会計士・税理士に確認のうえ、WAM NET(ワムネット)が提供する「社会福祉充実残額算定シート」を使って計算することをおすすめします。
社会福祉充実残額を含む計算書類等は、会計年度終了後3か月以内(実務上は6月末が目安)に、財務諸表等電子開示システムを通じて所轄庁へ届け出る必要があります。現況報告書の作成・入力実務については、以下のページで詳しく解説しています。
自治体の研修資料などでは、積立金・積立資産の管理について、次のような指摘事例がよく挙げられています。
国庫補助金等特別積立金の取崩し額の不一致は、指導監査で特に指摘されやすいポイントとして知られています。このほかの監査対応上の注意点は、以下のページでまとめています。
積立金・積立資産の種類が増えてくると、手作業での管理では、積立金・積立資産明細書の期末残高と貸借対照表の数値がずれてしまうリスクが高くなります。会計システムを選ぶ際には、積立金・積立資産の残高をリアルタイムに把握できるか、積立金・積立資産明細書を自動で作成できるかといった点が、確認しておきたいポイントのひとつになります。
積立金・積立資産は、名称こそ似ていますが、純資産側の意思決定(積立金)と、固定資産側の資金確保(積立資産)という異なる役割を持つ科目です。積立て・取崩しの意思決定は理事会の議決事項であり、評議員会は積立金単体ではなく、積立金を含む決算全体を定時評議員会で承認するという役割分担になっています。
そして、積立金・積立資産の持ち方は、社会福祉充実残額の算定にも影響します。日頃から目的の明確な積立てを行い、積立金・積立資産明細書を正しく作成しておくことが、決算対応や指導監査への備えだけでなく、社会福祉充実残額の算定をスムーズに進めることにもつながります。
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